後編:アパートの“終わり方”と家族の再構築(解決編)

家族

はじめに

このアパートの話は、これで終わりになる。

前編・中編では、孤独死という出来事をきっかけに、
相続・管理・感情・実務が絡み合っていく過程を書いてきた。

そして後編では、
「どう終わらせたのか」
「その結果、家族はどう変わったのか」
を正直に書こうと思う。

これは成功談でも、うまくいった話でもない。
ただ、現実と向き合い、決断し、前に進んだ記録だ。

① 解体を決めた瞬間

母のアパートを壊す、と決めた瞬間、
不思議と心は静かだった。

迷いが消えた、というより、
「もう考え尽くした」という感覚に近い。

これまで私たちは、
「母の資産を100歳まで持たせる」という大目標のもとで
選択を積み重ねてきた。
修繕か、保有か、売却か。
常に数字を軸に、できるだけ合理的な判断を心がけてきたつもりだ。

しかし今回、取り壊しという決断に向き合う中で、
それよりももっと根本的な目標があったことに気づかされた。

頑張ってきた母が、やりたいように生きられること。
本当は、それを一番に考えなければならなかったのだと思う。

そう腹を括った瞬間から、
私の中のスイッチは自然と切り替わった。
逆境の仕事環境で鍛えられてきた、
自分なりの“プラス思考”である。

解体を前提に考え直すと、
これまで重くのしかかっていた問題が、
少しずつ整理できるようになった。

腐食が始まった部屋を、どう修繕するか悩まなくていい。
高額な修繕費用や、現地立ち合いの手間も不要になる。
事故物件であることを告知しながら、
入居者募集を続ける後ろめたさも抱えなくて済む。

解体は、あとくされがない。
少なくとも、問題を先送りにしない選択だ。

建物はなくなるが、土地は残る。
残った土地は、駐車場にでもすればいい。

そう思えたとき、
ようやく「このアパートの終わり方」が
自分の中で、はっきりと見えた気がした。


② 近隣説明という“最後の仕事”

解体工事そのものより、
正直、こちらのほうが神経を使った。

近隣への説明は、
このアパートに対する“最後の仕事”であり、
大家の家族としての最後の責任でもあった。

孤独死が発覚した直後、
兄弟が手土産を持って近隣住民の方々へ説明に回ってくれていた。
そのため事情については、
多くの方がすでに察してくださっていたと思う。

ただ、
孤独死のあと半年近く部屋をそのままにし、
そのうえで解体に至ったという点については、
どうしても説明が必要だった。

遺族の捜索に時間がかかったこと。
関係者全員の合意を得るまでに、段階を踏む必要があったこと。
その結果として、解体まで時間を要してしまったこと。

包み隠さず、
解体業者の工程も含めて、
一つひとつ丁寧に説明するよう心がけた。

正直、クレームを覚悟していた。
説明に向かう足取りは、かなり重かった。

しかし、返ってきたのは、
意外な言葉だった。

「お母さんには本当に良くしていただきました」
「お加減はいかがですか。
 またお会いしたいですね」

母のことを気遣う言葉が、
思っていた以上に多かった。

父や祖母が亡くなってから、
母は40年近く、ひとりでこの場所を守ってきた。
実家とアパート、そして店子さんや近隣の方々と、
真摯に向き合い続けてきた。

その日常の積み重ねが、
こうした言葉になって返ってきたのだと思う。

気の重い説明ではあったが、
きちんと説明し、
「ちゃんと終わらせる」ことの意味が、
このとき、はっきりと分かった気がした。


③ 費用と実務|現実はこうだった

夢も感傷も抜きにして、
ここからは完全に現実の話になる。

解体とは、「壊す作業」ではない。
実際にやってみて分かったが、
それは「清算作業」だった。

もちろん、私にとっても家の解体は初めてだ。
まずはネットで情報を集めてみると、
想像以上に「解体トラブル」の話が多いことに気づいた。

代表的なものは、だいたい次の3つだ。

  • 見積もりに含まれていなかった追加工事が次々に出てくる
    (アスベスト、地中から出てくる基礎、古い浄化槽、残置物など)
  • 近隣トラブルを業者任せにしてしまう
    (騒音・振動、粉じんや破片の飛散、工事車両の出入りや路上駐車)
  • 工期の遅れや工程変更が、いつの間にか既成事実になっている

解体工事のトラブルは、
悪意よりも「認識のズレ」から生まれることが多い。

だからこそ、
壊す前の説明と確認、
そして何より信頼できる解体業者探しが重要だった。


一括見積サイトは「地雷」だった

私たちの基本方針は、
「未知の業務は、まず一括見積サイトで相場を知る」
——そのはずだった。

しかし、これが予想外に地雷だった。

取り壊し面積や木造かどうかといった
必要項目を入力した途端、
メールと電話がひっきりなしに鳴り始めた。

しかも、出てくる見積価格は
談合しているのではと思うほど、どこもほぼ同じ。

この時点で、
「このルートはあまり信用できないな」と感じ、
知り合いのつてを探す方向に作戦を切り替えた。


業者Aと業者B、決め手は「誰が紹介したか」

まず紹介されたのが、不動産屋経由の業者A。
日焼けした、だみ声の年配の方だった。

見積は165万円。
アスベスト処理については、
「検査次第で追加になる」との説明だった。

次に話を聞いたのが、
長年のゴルフ仲間で、不動産管理業をしている友人が
毎回使っているという解体業者B。

見積は150万円。
アスベスト解体についても
「慣れているから追加費用はかからない」と言う。

さらに、
「業者Aの金額には、不動産屋の紹介マージンが乗っていると思う」
という指摘もあった。

こちらも日焼けした初老の方だったが、
友人の隣家ということもあり、
人となりも含めて、こちらのほうが信頼できそうだと感じた。

結果、
解体業者Bで進めることにした。


結果として、約束は守られた

結果的に、この判断は正解だった。

  • アスベスト処理の追加料金は発生せず
  • 敷地の下から出てきた大量のレンガも追加費用なしで処理
  • 当初見積に含まれていなかった大型物置も、中身ごとサービスで撤去

孤独死した住人が残していった
大量の缶酎ハイの空き缶は、
2トン車一杯分にもなった。

おそらく業者はそれを売却し、
そこで多少の利益を出したのだと思う。

一方亡くなった住人にとっては2トン車いっぱいのアルミ缶でも、
お金に換算すれば数万円レベル
「溜め込んだ時間」の重さに比べると、
あまりに軽い金額だった。


想定外のトラブルと「大家のアドリブ力」

一つだけ、想定外の問題が起きた。

アパート屋根のテレビアンテナだ。
事前に兄弟からは「アパートのみ」と聞いていたが、
撤去後、飲食店の店子さんから
「テレビが映らなくなった」とクレームの電話が入った。

どうやら、そのアンテナは
店子さん側のテレビも兼用していたらしい。

ここは業者任せにせず、
こちらで「くらしのマーケット」を使い、
即日対応可能な電気工事業者を探して対応した。

結果、大きな問題にはならず、事なきを得た。


解体工事を通じて感じたのは、
信頼できる業者探しと、
大家側のアドリブ力が、
想像以上に重要だということだった。


④ 土地の再利用|“終わり”の先にあるもの

解体業者が入ってから、わずか1週間。
アパートは跡形もなくなり、
そこには土がむき出しになった更地だけが残った。

建物がなくなったことで、
すぐに現実的な問題が浮かび上がる。
固定資産税だ。

住宅が建っていれば税額は抑えられるが、
更地になると、固定資産税は一気に跳ね上がる。
何とか活用していかなければならなかった。

考え始めて、
大きく2つの課題があることに気づいた。


課題① 実家が「むき出し」になる現実

ひとつ目は、見た目の問題だった。

これまで実家の裏手は、
路地との間に隙間なく建っていた
2階建てのアパートに守られていた。

その建物がなくなったことで、
路地側から実家が、完全にむき出しになった。

母は、修繕コストを抑えるため、
裏側の外壁塗装は行っていなかった。
そのため、50年前のままの、
薄汚れたコンクリート壁がそのまま現れる。

しかも実家は、定期借家として貸す予定だ。
大きな修繕コストはかけられない。

表通り側はそれなりに手入れしている分、
路地側から見た古さは、どうしても目についてしまう。

「これは、あまり高くは貸せないな……」

率直に、そう感じた。


課題② 思ったほど使えない土地

もうひとつの課題は、
解体した土地そのものの使い勝手だった。

当初は、
アパートが建っていた横長の土地に
タテに3台ほど駐車場を作れないかと考えていた。
図面上は、いけそうに見えた。

しかし、現実は違った。

  • アパートは、実家ギリギリまで建っていた
  • 土地の形状は台形で、奥行きが4mほどしかない部分がある
  • 路地の幅員も、2mあまりしかない

どう考えても、
縦列で、斜めに2台が精いっぱいだ。

コインパーキングにするには
初期費用もかかるし、
そもそも必要な面積が足りない。

時間貸しの akippa も検討したが、
手数料は約50%。
割に合うとは言い難い。

さらに、
土のままではタイヤが汚れる。
コンクリート舗装をすれば数十万円。
しかし、いつ売却することになるかも分からない。

――悩みどころだった。


出した結論は「一番シンプルな形」

いろいろ迷った末、
私たちは、いちばんシンプルな形を選んだ。

実家を借りてくれた方に、
この土地も安く貸して、
駐車場として使ってもらうことにしたのだ。

  • イニシャルコストは最低限
  • 管理の手間も最小限

収益最大化ではない。
けれど、無理もしない。

「終わらせた土地」を、
静かに次につなぐには、
今の私たちには、この形がちょうどよかった。


⑤ 母の老後資金への影響

アパートは、母の老後を支えていた――
そう思い込んでいたのは、実はわれわれ家族だった。

家賃収入があり、
借地だが土地と建物があり、
数字の上では「資産」と呼べるものだった。

だから私たちは、
このアパートをどう守るか、
どう延命させるかを真剣に考えてきた。

しかし、取り壊しという選択を経て、
今になって思う。

あのアパートは、
母を支えていた存在であると同時に、
母にとっては長年の重荷でもあったのではないか。


「守っていた」のは、母ではなく家族の安心だった

あのアパートのことを
母はずっと「嫌だ」「気が重い」と口にしていた。                                                      

ご近所さんとのこと。                                                      亡くなった住人さんのこと。
古くなった建物のこと。
店子さんとの関係のこと。
将来、何か起きたらどうなるのかという不安。

それでも、
「収益になるから」
「持っていた方がいいから」
そんな理由で、
私たちは無意識のうちに
“残す方向”を前提に考えていた。

今思えば、
アパートを守っていたのは、
母の生活ではなく、
家族の安心感だったのかもしれない。


壊したことで、母は少し軽くなった

アパートを解体し、
更地になり、
駐車場として使うようになった今も、
母の老後資金が増えたわけではない。

売ったわけでもない。
現金化したわけでもない。
収益という意味では、むしろ下がっている。

それでも、
老人ホームを訪ねるたび、
母はこう言う。

「やっぱり、あそこを壊してよかったね。亡くなった方がいたから決心ができた。」                          「亡くなった方を少しも恨んではいない。ご近所さんもこれで安心して洗濯物が干せる       肩の荷が下りた。」

その言葉を聞くたびに、
私は思う。

数字には表れないが、
確実に一つ、母の心の負担がなくなったのだと。


老後を支えるのは「お金」だけではなかった

老後資金というと、
どうしても「いくらあるか」「何年もつか」
そんな話になりがちだ。

もちろん、それは大切だ。
だが、今回のことで、
もう一つの視点を突きつけられた。

老後を支えるのは、
お金だけではない。

不安の種を一つ減らすこと。
気がかりを手放すこと。
「もう考えなくていい」と思えるものを増やすこと。

それもまた、
立派な“老後の支え”なのだと思う。

母の姿を見て、
これは決して他人事ではないと感じた。

自分も二、三十年後、
気がかりなものを抱えたまま
子どもたちに迷惑をかけないように。

できるだけシンプルにしておきたい。
それが、私が「定年後の準備」を始めた
ひとつの理由でもある。

収益を度外視しても、正解だったと思える理由

このアパート解体は、
投資として見れば、
決してスマートな判断ではない。

収益性だけを見れば、
他に選択肢はあったかもしれない。

それでも、
母が少し楽になり、
「あれを壊してよかった」と繰り返す。

それだけで、
この選択は間違っていなかったと、
今ははっきり言える。

老後資金とは、
通帳の残高だけで測るものではない。

心が軽くなること。
それ自体が、何よりの資産なのだと思う。


⑥ この経験から得た教訓(まとめ)

このアパートから得た最大の教訓は、
利回りでも、節税でもない。

「終わらせ方を考えることは、
家族を守ることだった」

という事実だ。

不動産は、
手に入れることよりも、
持ち続けることよりも、
終わらせ方のほうが、はるかに難しい。

そのことは、
いまの日本の状況を見れば、はっきりしている。

現在、日本の空き家は約900万戸。
空き家率は13.8%とされ、
およそ7軒に1軒が空き家という状態だ。

不動産を「どう持つか」ではなく、
「どう終わらせるか」が、いかに難しいか。
その現実を、数字が静かに物語っている。

そして、その話題は、
気持ちや感情だけでは前に進まない。

解体費用はいくらか。
税金はどう変わるのか。
誰が、いつ、責任を持つのか。

お金の話をした瞬間、
家族の議論は、ようやく現実を向いた。

そこから先は、
決断の連続だった。

壊すのか。
残すのか。
今なのか。
先延ばしにするのか。

そのたびに迷いはあったが、
今振り返って思う。

早く決めることは、親に対して
決して冷たい選択ではなかった。

むしろ、
不安を先送りにしないこと。
重荷を抱え続けさせないこと。
それこそが、
家族にとって一番優しい判断だった。

この経験は、
母のためだけのものではない。

いずれ自分も、
「残す側」ではなく
「残される側」になる。

だからこそ、
気がかりなものは減らしておきたい。
終わらせ方を、考えておきたい。

それが、
このアパートが
私に残してくれた、
最後で、そして一番大きな教訓だ。

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