孤独死の後に始まる“法的・実務的な地獄”〈中編〉――静かに心を削られる日々

現物資産

はじめに|「亡くなった後」の方が、実は長く、重い

アパート住人の「孤独死」は、
発見され、警察の検分が行われ、火葬が終われば一区切り——
そう思われがちです。

しかし、大家にとっての本当の地獄は、その後から始まります。

警察の対応が終わり、
ゴミが散乱し、腐敗が進んだ部屋だけが静かに残る。

「さあ、これからどうするか」

その段階に入った瞬間、
私たちは何も知らない、
そして誰も正解を教えてくれない作業と手続きに、延々と向き合うことになります。

静かに、確実に、心を削っていく作業です。

「高齢の単身者は家を借りづらい」
そんな言葉が、頭ではなく現実として腑に落ちた瞬間でもありました。

当時、母は骨折で入院中。
これ以上、余計な心配はかけられない。
そう判断し、この一連の対応は、私たち家族が引き受けることになりました。


第1章|遺族探しという終わらない作業

まず始まるのが、遺族探しです。

部屋の中はゴミが散乱しており、
およそ「財産」と呼べるものは何もないように見えました。

一刻も早く片づけ、次の住人を探さなければ、
家賃収入は途絶え、母のキャッシュフローは悪化します。

しかし、ここで多くの人が勘違いします。
”その捨てたいゴミも、法的にはすべて「住人の財産」”なのです。

たとえ、亡くなった方のお姉さんが
「もう関わりたくない」「責任は放棄する」と口頭で言っていたとしても、
口約束には法的な拘束力はありません。

書面として残さなければ、
後日「勝手に大家が処分した」と訴えられるリスクがあります。
実際に、そうしたトラブルは珍しくないそうです。

さらに厄介なのが、相続関係の不透明さです。

亡くなった住人は独身で、配偶者も子どももおらず、両親もすでに他界していました。
この場合、相続順位は兄弟姉妹に移ります。

昭和の時代には、
腹違いの実子が後から名乗り出るケースもあります。
その場合、大家が独断で財産を廃棄していれば、
法的に不利な立場に立たされる可能性すらあります。

だからこそ、大家は遺族を探さざるを得ません。
感情の問題ではなく、完全に法務の話なのです。

一生懸命に戸籍を辿り、兄弟に問い合わせても、
返ってくる答えはこうです。

「血縁関係はありますが、関わりたくありません」

誰かが悪いわけではありません。
ただ、誰も引き取りたくない現実が、そこにあるだけです。


第2章|弁護士に相談しても、すぐに解決しない現実

平日は仕事があり、役所に頻繁に足を運べない。
そんな私たちは、こう考えていました。

「弁護士に頼めば、親族探しも遺産放棄の同意も、すぐに何とかなるはずだ」

正直なところ、そう思っていました。

しかし、現実はまったく違います。
依頼した瞬間に、問題が動き出すわけではありません。

必要なのは、
書類の作成、照会、通知、同意の取得。
その一つひとつに、想像以上の時間がかかります。

依頼者であるこちらは、
基本的に待つしかない立場になります。

二週間に一度のペースで弁護士にフォローを入れますが、
大きな進展はなかなかありません。

もちろん、怠っているわけではないのでしょう。
ただ、こちらの時間感覚と、
専門家側の時間の流れは、どうしても一致しません。

着手金10万円。
そして成功報酬として、さらに10万円。

費用は確実に発生し、
一方で精神的な疲労だけが、静かに積み重なっていきました。


第3章|合意が揃うまで、半年という時間だけが過ぎていった

最も消耗したのは、この期間でした。

最初の約3か月は、
ひたすら「兄弟探し」に時間が費やされていきます。

大阪に、名古屋に、広島に。
次々と、腹違いの兄弟姉妹が見つかっていきました。

「一体、何人いるのだろう……」

最終的に判明した兄弟は、
最初に連絡が取れていたお姉さんを含め、合計5名でした。

次は、全兄弟から
アパートに残された残置物を廃棄する同意を得る段階に入ります。
ここも、想像以上に厄介でした。

全員が70〜80代の高齢者。
しかも、その多くが亡くなった住人とは
ほとんど面識のない関係でした。

送付された同意書に、
反応してくる兄弟はほとんどいません。

弁護士が一人ひとりに電話をかけ、
事情を説明し、理解を求めます。
それでも連絡が取れない場合は、
期限を設けた文書を改めて送付する対応が取られました。

「なぜ、血縁関係のない大家の、しかもその家族が、
身銭を切ってここまでやらなければならないのか」

そう思ったことは、一度や二度ではありません。

こちらから直接、兄弟に催促することもできず、
責める相手もいない。

ただ、時間だけが過ぎていく。

それは、
止まった時計を、ひたすら見続ける感覚に近いものでした。


第4章|残置物という最大の爆弾

部屋には、生活の痕跡が、そのまま残っていました。

玄関に散乱したチラシと、新聞の山。
ユニットバスに放り込まれた自転車。
脱ぎ捨てられた衣類。
食べかけのカップラーメン。
自転車置き場にうずたかく積まれた缶酎ハイの空き缶。

しかし、それらを勝手に処分することはできません。

もちろん、その間も家賃は入りません。
一方で、固定資産税だけは、静かに、確実にかかっていきます。

精神的にも、非常に重い時間でした。

モノに感情はないのに、
削られていくのは、こちらの感情だけ。

そんな矛盾を、ただ受け止め続けるしかない時間です。

第5章|母のアパート取り壊しの決断

さらに、問題は連鎖します。
そしてこの章は、私たち家族にとって大きな転換点になりました。

私たち兄弟は、
「母の資産で、老人ホームに100歳まで入居できること」
この大目標を共有していました。

そのためにも、
事故物件となったアパートを修復し、
一刻も早く収入化する。
残置物撤去の交渉を、最優先で進めていたのです。

ところが、そんな最中に兄弟から一本の電話が入りました。

「母が、アパートを取り壊したがっている。
直接会って、説得してほしい」

正直、寝耳に水でした。

アパートは築古の木造2階建て。
上下2室で、家賃は各5万5千円。
月11万円の収入が見込める物件です。

それを手放すだけでなく、
取り壊し費用として、少なくとも100万円以上がかかる。

私が立てていた
母の資産温存計画は、音を立てて崩れ始めていました。

私は急いで、
見よう見まねで作った資産減少シミュレーションを持ち、
母の入居する老人ホームへ向かいました。

「アパートを取り壊すことが、
いかに当初の目的から外れているか」

92歳の母に、
ロジカルに、丁寧に説明しました。

母は頭もしっかりしている。
私も40年間の営業生活で培った
「課題の炙り出しと、その解決策の提示」を尽くしました。

——きっと、分かってくれる。
そう思っていました。

しかし、母の口から出たのは、
私の想像をはるかに超える一言でした。

「あのアパートは縁起が悪い。
一刻も早く取り壊したい。
あなたがやらないなら、私がハンマーで壊す」

言葉を失いました。

理由を聞くと、
そこには長年積み重なった記憶がありました。

  • 父が生前、狭い敷地に隣家との境界ギリギリで建てたため、洗濯物が乾かないと苦情を言われ続けていたこと
  • 別の隣家からは妬まれ、家賃を探られ、噂を流され、住人が定着しなかった過去
  • 風水に詳しいという人物から「東側に自分で家を建てるのは良くない」と言われ、すべての悪い記憶が一本につながったこと

その瞬間、理解しました。

私の40年の営業ノウハウは、
母の「思い出」という感情には、歯が立たなかったのです。

最後に、母はこう付け加えました。

「もし長生きしてお金が尽きたら、
特養でもどこでも我慢する。
だから、あの忌まわしいアパートを取り壊してほしい」

私たち兄弟は、
この母の決断を受け入れ、
アパートを取り壊す道を選ぶことになりました。

第6章|退去させられない現実と、粘り強い交渉

アパートを取り壊すと決まれば、
上階の住人との退去交渉は避けて通れません。

上階の住人は、20代の若いサラリーマン。
不動産会社を通じて勤務先との法人契約で入居しており、
階下の住人とは対照的に、堅実な収入源でもありました。

しかも、入居してまだ半年。
条件としては、これ以上ないほど安定した入居者です。

不動産会社の営業を通じて、次の点を丁寧に説明しました。

  • 階下の住人が孤独死し、完全な残置物処理がまだ終わっていないこと
  • 大家である母が、アパート自体の取り壊しを希望していること
  • 引っ越し代、新居の敷金・礼金などは、こちらで負担すること

その上で、退去の打診を行いました。

しかし、この物件は
快速が停まる駅から徒歩5分。
至近距離にスーパーやコンビニもあり、
単身者には非常に住みやすい環境です。

家賃は5万5千円。
「階下のことは気にならない。長く住みたい」

そう返答され、交渉は一筋縄ではいきませんでした。

日本では借家法により、借り手の立場が強く守られています。
普通借家契約の場合、大家が一方的に退去を強制することはできません。

保証条件を少しずつ積み増しながら、
動きの鈍い不動産会社の若い営業を促しつつ、
粘り強く交渉を続けました。

そして、3か月後。
ようやく退去が決まりました。

後で知ったことですが、
立ち退き料に明確な決まりはないものの、
相場は家賃の1年分程度と言われています。
粘る人であれば、それ以上を請求されるケースもあるそうです。

今回は、その半分程度で収まりました。
今振り返ると、これはかなり幸運だったと思います。

3年後、私はFP試験を受けることになりますが、
そのとき、この一連の実務経験が大いに役立ちました。

まとめ|この世で最も疲れる作業

怒鳴られることもありません。
派手な事件が起きるわけでもありません。

ただ、
終わりが見えない実務が、静かに続いていく。

これが、孤独死の「中編」であり、
多くの人がある日、何の前触れもなく直面するかもしれない現実です。

今回書いたのは、
特別に不運だったケースではありません。
制度がそうなっている以上、
誰の身にも起こり得る話です。

そして、ここまで読んでくださった方なら、
一つの疑問が浮かんでいるはずです。

「では、どうすればよかったのか」
「事前に、できることはなかったのか」

実は、あります。
しかも、それは発生してからでは遅い対策です。

次々回の実践編、保存版では
今回の実体験を踏まえたうえで、

  • なぜ孤独死は「備え」でしか防げないのか
  • 大家・家族・本人、それぞれができる現実的な対策
  • 私が「次は絶対にこうする」と決めた具体策

を、包み隠さず書きます。

もし、親が大家をしている方であれば、
年末年始に帰省したとき、
それとなく話題にしてみることをおすすめします。

「まだ大丈夫」と先延ばしにした結果、
あとから大きな負担を背負うこともあります。
少なくとも、私と同じ遠回りはしなくて済むはずです。

定年後の準備は第2の人生へのプレゼント。さあ始めましょう。

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